桜が咲き始めるころ、不思議と夜中に目が覚えることがあります。
特に何か悲しいことがあったわけじゃない。でも布団の中で、ふと「あの子とはもう毎日会えないんだな」とか「同じ教室に戻ることは、もう二度とないんだ」とか、そういうことをぐるぐると考えてしまう。
眠れない理由がわからなくて、「自分は弱いのかな」と思ったことがある人もいるのではないでしょうか。
でも、これはおそらく気のせいでも弱さでもないと思います。卒業や別れというできごとは、私たちの体の中でたしかな変化を起こしているからです。今回はその仕組みと、眠れない夜を少しでも楽にするためのヒントをお伝えします。
目次
「別れ」は、体にとってかなりのストレスかもしれない
「卒業くらいで大げさな」と思うかもしれません。でも、心理学の世界では、大切な人との別れや環境の変化は、体に強いストレス反応を引き起こすできごととして長く研究されてきました。
1967年にホームズらが開発した「社会的再適応評価尺度」は、ライフイベントごとのストレスの強さを数値化したもので、今でも多方面で引用されています(参考:厚生労働省 こころの耳)。この尺度でも、大切な人との別れや生活環境の大きな変化は、高いストレス値を示す項目として位置づけられています。
また、こうした別れのストレスを抱えると、不眠や食欲不振、集中力の低下など、日常生活に支障をきたすこともあると報告されています。「なんか最近調子が出ない」と感じていたなら、それは十分に理由のあることかもしれません。
さらに、大学生を対象にした国内の研究でも、生活上のストレスが睡眠の質に直接関連することが示されており、ストレスによる覚醒が睡眠全体の質を下げるメカニズムが示唆されています(参考:日本看護研究学会雑誌 Vol.37 No.4 2014)。
感情が揺れているとき、体もちゃんとそれに反応しているのかもしれません。
眠れない夜の正体:コルチゾールとメラトニン
眠れない理由の一つに、「コルチゾール」というホルモンが関わっていると考えられています。
コルチゾールはストレスを感じたときに分泌される、いわば「体の緊急対応ホルモン」です。コルチゾールは朝に最も高く、夕方から夜にかけて下がっていく日内リズムを持っています。このリズムのおかげで、夜になると自然と眠くなれるわけです。
ところが、別れや新しい環境への不安でストレスが続くと、夜になってもコルチゾールが下がりきらない状態になることがあります。夜間にコルチゾール値が十分に下がらないと、体がリラックスモードに入れず、寝つきが悪くなったり眠りが浅くなったりする可能性があります。こうした精神的な辛さは、「気のせい」や「意志の弱さ」だけが原因ではなく、ホルモンバランスの乱れが背景にある可能性も考えられます(参考:五十子クリニック 医療コラム)。
さらに気をつけたいのは、眠れないこと自体がさらなるストレスになるという悪循環です。慢性的なストレスで夜間もコルチゾールが高い状態が続くと、睡眠ホルモンであるメラトニンの分泌が抑えられ、睡眠不足がさらなるコルチゾール分泌を招くという悪循環が生まれやすくなります。
「眠れないから不安になって、不安だからまた眠れない」——経験がある人も多いと思います。これは意志の問題ではなく、体の仕組みとして起こりうることです。
なぜ夜になると思考が止まらなくなるのか
もうひとつ、よく聞く悩みがあります。「昼間は平気なのに、布団に入ると急に色々考えてしまう」というものです。
これも体の反応として説明できます。ストレスは交感神経を刺激して脳を興奮させるため、寝つきが悪い人は思考が止まらず、どんどん覚醒してしまう傾向があるとされています。
昼間は授業や会話で気が紛れていても、夜に一人になると脳が「さあ、考えよう」とスイッチを入れてしまう。「あの子は元気にしているかな」「新しい環境でうまくやれるだろうか」——そんな思考が次々と浮かんでくるのは、脳が問題を解決しようとしている自然な動きかもしれません。ただ、それが睡眠を邪魔してしまうことがあるのです。
今夜から試せる、5つの睡眠ケア
難しいことは何もありません。まずどれかひとつだけ、試してみてください。
① 寝る前1時間、スマホをそっと置く
SNSで友人の近況を見たり、LINEの通知が気になったりするのは当然のことです。でも、それが脳をさらに刺激してしまうことがあります。就寝前の1時間だけ、通知をオフにしてみましょう。
② 頭の中にあるものを、紙に書き出す
眠れないとき、頭の中にはたくさんの「未処理の感情」が詰まっているかもしれません。それを外に出すだけで、脳が少し落ち着くことがあります。「今日感じたこと」「明日気になること」をノートに書き出してから布団に入る習慣は、思っている以上に効果があるかもしれません。ネガティブな考えを意図的に断ち切り、呼吸だけに意識を集中することも、眠りへの助走として役立つとされています。
③ 30分、外を歩く
運動するとコルチゾールが分泌され、運動をやめると減少します。これを繰り返すことで、ストレスがかかったときのコルチゾール分泌量を抑えられるようになるとされています。ハードな運動は必要なく、30分程度のウォーキングや寝る前の軽いストレッチで十分といわれています(参考:関東百貨店健康保険組合)。
④ 「起きる時間」だけ、固定してみる
卒業後は時間割がなくなり、生活リズムが乱れがちです。「何時に寝るか」より「何時に起きるか」を固定するほうが、体内時計を整えやすいといわれています。規則正しい睡眠習慣は、コルチゾールの分泌を正常に保つことにつながると考えられています。まず一週間、同じ時刻に起きることだけを目標にしてみてください。
⑤ 朝起きたら、カーテンを開ける
朝の光を浴びることで体内時計がリセットされ、夜になると自然にメラトニンが分泌されやすくなるとされています。朝に光をたっぷり浴びることでコルチゾールのリズムが整い、夜の熟睡につながりやすくなります。たった30秒、窓を開けるだけで始められます。
眠れない自分を、責めないでほしい
眠れないことが日常のストレスをさらに大きく感じさせ、悪循環が続くと、うつ状態へとつながることもあるといわれています。だからこそ、「眠れない」というサインを軽く見ないでほしいと思います。
別れが悲しいのは、それだけ大切な時間を過ごしてきた証拠です。その感情は、ちゃんと意味があるものだと思います。
ただ、2週間以上にわたって眠れない・気持ちが晴れないという状態が続くようであれば、学校のカウンセラーや医療機関に相談することも選択肢のひとつとして覚えておいてください。
まとめ
卒業や別れの時期に眠れなくなるのは、ホルモンバランスの乱れによる体の反応として起こりうることです。スマホを置く、書き出す、歩く、同じ時間に起きる、朝の光を浴びる——どれかひとつから始めてみてください。
新しいステージへの一歩は、ちゃんと眠れた朝から始まるかもしれません。
参考文献
- 日本看護研究学会雑誌 Vol.37 No.4 2014「大学生の生活上のストレス,神経症傾向,不眠へのこだわりが睡眠の質に及ぼす影響」
URL:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsnr/37/4/37_20140410001/_pdf - 厚生労働省 こころの耳「社会的再適応評定尺度」
URL:https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1577/ - ヤクルト中央研究所「コルチゾール」健康用語解説
URL:https://institute.yakult.co.jp/dictionary/word_3807.php - 五十子クリニック 医療コラム「コルチゾールとは?」(2026年2月)
URL:https://www.irakoclinic.com/archives/22431 - 関東百貨店健康保険組合「この時期注意したい生活習慣病『春』」
URL:https://www.kanto-kenpo.or.jp/webmagazine/2024/01/19/stress_obesity/index.html










