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監修者

田中 貫平
医師・メンター・タッチベースドマインドフルネス/shinsetsu-tion考案者・Gallup認定ストレングスコーチ・インド中央政府公認ヨガインストラクター
2013年英国シェフィールド大学医学部卒。
手稲渓仁会病院にて初期研修後、2020年九州大学病院心療内科に入局。国際医療福祉大学成田病院では緩和ケアチームにも所属。2024年からはフリーランスの医師として活動している。一般の方から学生、経営者、スポーツ選手など幅広い層のクライアントに対して傾聴およびマインドフルネスの実践指導や心理療法を提供、あらゆる病気や未病(不眠症も含む)の治療や予防改善に取り組んでいる。
「ナポレオンは3時間しか寝なかった」「成功者は皆ショートスリーパーだ」…そんな伝説を、一度は耳にしたことがあるでしょう。しかし、それは本当に成功の秘訣なのでしょうか?
この記事では、ナポレオンをはじめとする偉人たちの睡眠の真実を、歴史的な記録と最新の科学的知見から解き明かします。そして、現代を生きる私たちにとって本当に必要な睡眠とは何かを探求し、日々のパフォーマンスを高めるための具体的な方法を提案します。
ナポレオンの3時間睡眠は本当だったのか?歴史的事実から見る真相

「ナポレオンは1日3時間しか寝なかった」この伝説は、短時間睡眠で成功を収めたい現代人にとって憧れの象徴として語り継がれてきました。しかし、歴史的記録を詳細に検証すると、この「3時間睡眠」には隠された事実が存在することが明らかになっています。
実際のナポレオンは夜間の睡眠こそ短かったものの、日中の頻繁な仮眠や独特の睡眠パターンにより、現代医学が推奨する睡眠時間に近い休息を取っていた可能性が高いのです。さらに興味深いことに、晩年の肥満や日中の強い眠気などの記録から、睡眠時無呼吸症候群を患っていた可能性も指摘されています。
夜3時間睡眠の裏に隠された「昼寝」の習慣
3時間しか寝なかったナポレオンの実際の睡眠パターンは少し複雑です。歴史記録によれば、彼は夜間の短い睡眠を、日中の頻繁な昼寝や仮眠で補っていました。このような睡眠の取り方は「多相睡眠」と呼ばれます。しかし、現代の睡眠科学では睡眠の回数よりも24時間での「総睡眠時間」が重視されているため、分割して眠ることが必ずしも認知能力を高めるわけではありません。
実際、ナポレオンの秘書であったブリエンヌは「ナポレオンは24時間のうち7時間睡眠をとっていた」と証言しています。このことから、彼の総睡眠時間は5〜6時間程度だったと考えられ、3時間睡眠という伝説は彼の特殊な睡眠パターンの一部分を切り取ったものだったのでしょう。
睡眠時無呼吸症候群だった可能性を示す医学的証拠
ナポレオンの短い睡眠は、単なる習慣ではなく、病気が原因だった可能性も指摘されています。晩年の記録では、ナポレオンには以下の症状が頻繁に見られていたようです。
- 晩年の肥満
- 大きないびき
- 日中の強い眠気
1988年にフランスの医学雑誌で発表されたある医学研究では、睡眠時無呼吸症候群に見られるこれらの症状から、ナポレオンは睡眠時無呼吸症候群を患っていたのではないかと推測しています。論文では彼が睡眠時無呼吸症候群だったと断定こそしていませんが、記録に残るいびきや肥満は、睡眠の質を大きく低下させていた可能性を示唆します。つまり彼の短時間睡眠は、病気によって熟睡感が得られなかった結果という可能性も考えられるのです。
戦略家ナポレオンが実践した「戦略的仮眠」の真実
ナポレオンは、過酷な戦場で15〜20分程度の短時間仮眠を意図的に取り入れていたことでも知られています。これは、現代で「パワーナップ」と呼ばれる、能力を一時的に回復させるための「戦略的睡眠」でした。
現代の睡眠科学でも、15〜20分程度の短い仮眠は、日中の眠気を解消し認知機能を回復させるのに有効であるといわれます。ナポレオンは、この効果を経験則から理解し、重要な判断が求められる戦場で自身のパフォーマンスを維持するために活用していたのかもしれません。ただしアワーナップは徹夜明けなどの緊急時の「応急処置」にしかならず、慢性的な睡眠不足を解消したり夜間の十分な睡眠を補ったりするものではない方法です。
ナポレオンの戦場での仮眠術は、まさに生き残るための戦略でしたが、現代人が安易に真似するのは危険です。健康とパフォーマンスの土台は、あくまで夜間の質の高い睡眠にあることを忘れてはいけません。1)
エジソン、アインシュタイン、ダヴィンチ…偉人たちの多様な睡眠スタイル

ナポレオン以外にも、個性的な睡眠スタイルを持つ偉人たちは数多く存在します。発明王エジソンや天才ダヴィンチは短時間睡眠で知られる一方、アインシュタインは10時間以上眠るロングスリーパーだったという話も有名です。
しかし、これらの伝説はどこまでが真実なのでしょうか。偉人たちの睡眠にまつわる伝説を科学的に検証し、成功と睡眠時間の間に単純な法則はないという事実を明らかにしていきます。
エジソンの4時間睡眠と「隠れ昼寝」の実態
「睡眠は時間の無駄」と公言していた発明王トーマス・エジソン。夜の睡眠が4時間程度だったことから、彼はショートスリーパーの代表格とされています。しかし、その裏で日中に頻繁な昼寝をしていた記録があるのです。
1885年の彼の日記には、眠りにつくのに苦労したり悪夢を見たりといった、睡眠に関する人間的な葛藤が記されています。エジソンは手に鉄球を持って眠り、眠りに落ちる瞬間に鉄球が床に落ちる音で目覚めるという独特な方法を実践していました。
この方法は、近年の研究で、画期的なアイデアを生むための合理的な手法だったことが明らかになりました。2021年に科学誌『Science Advances』で発表された研究によると、人が眠りに落ちる瞬間の脳の状態は「創造性のスイートスポット」とされ、このタイミングで目覚めると問題解決能力が向上するそうです。 エジソンは昼寝で、この脳の状態を作り出していたと言えるでしょう。2)
アインシュタインが実践した10時間睡眠の科学的根拠
天才物理学者アインシュタインは「1日10時間眠るロングスリーパーだった」という話も有名です。しかし、この説は一次資料に乏しい都市伝説だと指摘されています。
アインシュタインが実際に何時間寝ていたかに関わらず、創造性や思考力には十分な睡眠が不可欠です。特に、夢を見ることが多い「レム睡眠」中に脳は日中の情報を整理し、新しいアイデアを結びつける働きをします。このプロセスが、日中の問題解決やひらめきを支える土台となるのです。 アインシュタインの偉大な業績は誰もが認めるところですが、彼がロングスリーパーだったかは定かではありません。3)
ダヴィンチの「多相睡眠」は現代人に応用可能か?
レオナルド・ダヴィンチが「4時間ごとに15分の仮眠を取る」という極端な多相睡眠を実践していたという話も有名です。しかし、睡眠研究者Piotr Wozniak氏は、これは歴史的証拠に乏しいと指摘しており、「充実した一日は幸福な眠りをもたらす」というダヴィンチ自身の言葉からも断片的な睡眠パターンとは違った印象を受けます。
短時間睡眠や多相睡眠の偉人の伝説は、時間を最大限に活用したいという現代人の願望の表れかもしれません。 しかし多相睡眠は慢性的な睡眠不足や体内時計の乱れを引き起こし、心身に悪影響を及ぼす可能性が指摘されています。4)
ショートスリーパーの真実:遺伝子が決める0.5%の特殊能力

「偉人のように短い睡眠時間で活動できたら」と願う人は少なくないでしょう。しかし訓練でショートスリーパーになれるわけではありません。実は、真のショートスリーパーは、特定の遺伝子を持つごく一部の人だけの特殊能力なのです。
ショートスリーパーの遺伝子の真実と、無理な短時間睡眠がもたらす健康リスクについて詳しく解説していきます。
DEC2遺伝子変異を持つ人だけの特権
真のショートスリーパーが、なぜ短い睡眠時間でも健康を維持できるのか。その睡眠メカニズムは、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のYing-Hui Fu博士の研究チームによって解明されつつあります。
チームは2009年、まずDEC2遺伝子の変異が短時間睡眠に関わることを発見しました。さらに2014年の研究では、BHLHE41という別の遺伝子変異も特定します。これらの遺伝子変異があると通常の人よりも長時間活動できるようになるのです。Fu博士は、この遺伝子を持つ人々を「単に早起きなのではなく、少ない睡眠で効率的に機能するよう遺伝的に調整されている」と解説します。ショートスリーパーの能力は訓練で得られるものではなく、ごく一部の人に与えられた遺伝的な特権なのです。
「訓練でショートスリーパーになれる」は危険な誤解
「訓練すればショートスリーパーになれる」という考えは、科学的根拠のない危険な誤解です。Cleveland Clinicなどの医学的見解でも、短時間睡眠で健康を維持できる体質は遺伝子によるもので、訓練で後天的に獲得することは不可能だと明確にされています。 睡眠が足りないと注意力や判断力が鈍ります。その結果、仕事や運転で重大なミスを犯すリスクが高まります。
意図的に睡眠を削る試みは、パフォーマンスを上げるどころか、心身にダメージを与える「睡眠負債」を蓄積させてしまい、心身の健康という側面から見れば危険な行為とも言えるでしょう。
自称ショートスリーパーの9割が陥る「睡眠負債」の罠
「自分は短時間睡眠でも平気だ」と思い込んでいる人の多くは、実は慢性的な睡眠不足に陥り、気づかぬうちに「睡眠負債」を抱えている危険性があります。 蓄積された睡眠負債は、日中のパフォーマンスを低下させるだけでなく、健康被害のリスクも高めかねません。
米国のRAND研究所の調査によれば、日本の睡眠不足による経済損失は年間約15兆円に上るとも試算されており、個人にとどまらず社会全体に影響を及ぼす問題といえます。5)
現代人が目指すべき「6~8時間」の適正睡眠時間

ここまでいろいろと短時間睡眠についてお話をしてきました。実は、私たちの適正な睡眠時間は、科学的根拠に基づいて示されています。 厚生労働省が発表した「睡眠ガイド」では、成人の健康を維持するために最低でも6時間、理想的には7時間から8時間の睡眠が推奨されています。6)
しかし、「自分にとっての最適な睡眠時間は?」「忙しい中でどうすれば睡眠の質を高められる?」といった疑問を持つ方も多いでしょう。そうした疑問の参考になるような理想の睡眠時間、睡眠の質を改善する具体的な習慣を詳しく解説します。
年齢別・ライフスタイル別の理想的な睡眠時間
成人の睡眠時間として6時間以上の確保が推奨されているとはいえ、最適な睡眠時間にはライフスタイルや個人差も大きく影響します。例えば、肉体労働で体をよく使う人と、デスクワーク中心の人では必要な回復時間が異なるからです。
そして最適な睡眠時間は個人差があることも科学的に明らかになっています。2019年に科学誌『Nature Communications』で発表された約45万人規模の研究では、個人の睡眠時間を左右する複数の遺伝子が特定されました。つまり、必要な睡眠時間には遺伝的な違いもあるのです。
ガイドラインの6時間以上はあくまでも目安とし、自身の体調と相談しながら最適な睡眠時間を調整してみましょう。
睡眠の「量」だけでなく「質」を高める5つの習慣
睡眠は、時間の長さだけでなく「質」も同じくらい重要です。睡眠の質を高める5つの習慣を紹介しますので、今日から実践できるものからぜひお試しください。
- 規則正しい生活で体内時計を整える 毎日同じ時間に起床・就寝すると体内時計が整い、自然な眠気が訪れます。週末の寝だめはリズムを崩す原因になるため、休日も平日と大きくずれないようにしましょう。
- 寝室の温度と入浴で深い眠りを誘う 快適な睡眠には、寝室の温度管理も大切です。理想的な室温は18〜22度とされています。また、就寝1〜2時間前の入浴も、体温が下がる過程で自然な眠気を促すため効果的です。
- 光をコントロールする 光は体内時計を調整する強力な要素です。朝は太陽光を浴びて体内時計をリセットし、夜は睡眠を妨げるスマホなどのブルーライトを避けましょう。就寝2時間前からはデジタルデバイスの使用を控えることがおすすめです。
- カフェイン摂取のタイミングを見直す カフェインの覚醒作用は4〜6時間続くとされています。就寝4時間前からのカフェイン摂取は避けた方が良いでしょう。夕方以降に飲むドリンクはカフェインレスの飲み物を選んでみてください。
- 日中に適度な運動を取り入れる 日中の適度な運動は、寝つきを良くし深い睡眠を増やします。運動は就寝の3時間前までには終えるのがおすすめです。就寝直前の激しい運動は覚醒作用があり逆効果なのです。 6)
良質な睡眠環境を作る寝具選びのポイント
睡眠の質を高めるには毎日使う寝具選びも大切です。特に全身を支えるマットレスは睡眠の質を大きく左右するため、体に合ったサイズでリラックスできるものを選びましょう。
マットレスを選ぶ際は、体の一部に負担が集中するのを防ぐ「体圧分散」に優れたものや、寝床内の温度や湿度を快適に保つ「通気性」の良いものがおすすめです。自然な寝返りをサポートし、深い眠りにつながります。
また、枕は首のカーブに合った適切な高さを選ぶと、肩こりやいびきの軽減が期待できます。
自分に最適な寝具を見直すことは、睡眠改善への重要な一歩です。睡眠の質を高めるマットレスの選び方について、さらに詳しく知りたい方はこちらの記事もぜひご覧ください。6)
関連記事:睡眠の質を向上させるための方法8選
まとめ:ナポレオンの睡眠から学ぶ、現代人への教訓
本記事では、ナポレオンをはじめとする偉人たちの睡眠伝説を、科学的な視点から検証してきました。そして、偉人たちの睡眠習慣は都市伝説の可能性が高いこと、ショートスリーパーには訓練ではなれないことなどもお伝えしました。
短時間睡眠法よりも、睡眠時間の確保や自分に合う寝具の情報が、私たちに必要な情報ですが、忙しい私たちにとって睡眠時間をしっかり確保することは簡単ではありません。だからこそ睡眠の質に着目し、環境づくりや寝具選びにこだわってみてはいかがでしょうか。
参考
※2 Thomas Edison, Power-Napper: The Great Inventor on Sleep and Success – The Marginalian, Delphine Oudiette, et al. (2021). 「Sleep onset is a creative sweet spot」. Science Advances, 7(50).
※3 Did Albert Einstein sleep 10-11 hours daily? – Skeptics Stack Exchange, mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
※4 Polyphasic Sleep: Facts and Myths,Polyphasic Sleep
※5 Singh, A., et al. (2021). “Some Twist of Molecular Circuitry Fast Forwards Overnight Sleep Hours: A Systematic Review of Natural Short Sleepers”. Cureus, 13(10)., 睡眠不足による経済損失と企業の健康経営
※6 健康づくりのための睡眠ガイド 2023|厚生労働省,Jones, S.E., et al. (2019). “Genetic studies of accelerometer-based sleep measures yield new insights into human sleep behaviour”. Nature Communications, 10, 1585.










