
森田 麻里子
医師・小児スリープコンサルタント・睡眠専門家
2012年東京大学医学部医学科卒。
亀田総合病院にて初期研修後、2014年仙台厚生病院、2016
妊娠後期に入ってから「夜中に何度もトイレに起きる」「寝ついても胎動で目が覚める」「腰や背中が痛くてしんどい」と感じていませんか?
その症状、実はあなただけではありません。日本看護科学学会誌に掲載された2023年の研究では、妊娠後期の女性の62.1%が睡眠の質の低下を感じていると報告されています(※1)。また、日本精神神経学会がおよそ2400人を対象に行った2015年の研究において、約8割の妊婦は睡眠が不安定になり、昼間の眠気や疲労感、イライラ、集中力の低下を経験すると報告されました(※2)。
妊娠後期の眠れなさは、ホルモンや身体の変化、そして出産への不安が複雑に絡み合った自然な現象です。とはいえ、眠れない夜が続くと心身ともに疲れがたまり、日中の活動にも影響が出てしまいますね。
この記事では、医学的根拠に基づいた「妊娠後期に眠れない原因」と「今日からできる5つの改善方法」を紹介します。小さな工夫で眠りの質を整え、出産に向けて心と体をしっかり整えていきましょう。
妊娠後期に眠れない3つの主な原因
妊娠後期(妊娠28週以降)は、身体的にも精神的にも大きな変化を迎える時期です。ここでは、不眠を引き起こす主な3つの原因を、ホルモン・身体・心理の観点から整理してみましょう。
1. ホルモンバランスの変化による影響
妊娠中は、女性ホルモンのエストロゲンとプロゲステロンの分泌量が劇的に変化します。
特に妊娠後期には、エストロゲンとプロゲステロンの分泌はそれぞれピークに達し、非妊娠時の10倍から100倍以上になることもあります。エストロゲンは子宮を出産に備えて柔らかく保つ作用を持つ一方、脳内の睡眠中枢を抑制し、眠りの浅さや中途覚醒を引き起こすと考えられています。
また、プロゲステロンには眠気を誘う作用があるものの、後期になると夜眠れないのに昼間は強い眠気を感じるというリズムの乱れが生じるケースが多いです。また、体温を上昇させる作用があり、夜間の体温が下がりにくくなります。
こうしたホルモン変化が「寝つきにくい」「夜中に何度も目が覚める」という状態を生み出しているのです。
2. 身体的な不快症状による睡眠障害
妊娠後期の眠れなさの最大の原因は、やはり身体的な変化の影響が大きいです。
お腹が大きくなるため横になるのも一苦労で、膀胱が圧迫されることで夜間に3〜5回トイレに起きる人も少なくありません。胎動も活発になり、夜中に「ポコポコ」と動く感覚で目が覚めてしまうこともあります。
さらに、体重増加や血流の変化によって腰痛・背中の痛み・こむらがえりなどの不快症状も起こりやすいです。特に足のむずむず感(レストレスレッグス症候群)は、妊娠後期の女性に多く、寝入りばなを妨げる要因の一つとされます。
これらの症状は決して異常ではなく、出産準備に伴う自然な身体のサインです。
3. 出産への不安とストレス
出産が近づくにつれ、無意識のうちに「出産への恐怖」や「育児への不安」が強まるのは自然なことです。「赤ちゃんは元気かな」「陣痛ってどんな痛みだろう」「産後、ちゃんと育てられるかな」—そんな思考が夜に頭を巡り、眠れなくなってしまうことも少なくありません。メンタル面のケアも、安眠対策の大切な柱のひとつです。
東北大学の大規模調査(対象:17,586人)によると、社会的孤独を感じている妊婦は、不眠症のリスクがおよそ1.26倍高いという結果も報告されています(※3)。家族や友人による精神的なサポートはとても大切なのです。
今すぐ実践できる5つの睡眠改善法

原因が分かったところで、次は「どうすれば眠れるようになるか」です。妊娠後期でも安心して今日から実践できる5つの改善法を紹介します。
1. シムス位で寝る:左側臥位の効果的な実践法
妊娠後期におすすめの寝姿勢は、左側を下にしたシムス位(左側臥位)です。
これは、背骨の右側を走る下大静脈への圧迫を防ぎ、母体と胎児への血流を改善する姿勢で、医療機関から勧められることも多いでしょう。
やり方は簡単で、左側を下にして横になり、右足を軽く曲げて抱き枕やクッションを膝の間に挟むだけです。お腹を少し前に傾けるようにすると圧迫が減り、腰や背中も楽になります。
仰向けで寝ると血流が滞り、仰臥位低血圧症候群を起こすリスクがあるため、夜はなるべくシムス位を意識してみましょう。
2. 日中の適度な運動とリラックス法
日中に軽い運動を取り入れると、夜の寝つきが改善します。おすすめはマタニティヨガやウォーキング、そしてストレッチです。血流を促進し、足のこむらがえりを防ぐ効果もあります。
また、リラックス効果の高いぬるめ(38〜40℃)の入浴も有効です。副交感神経を優位にし、体温が下がるタイミングで自然な眠気が訪れます。
アロマ(ラベンダーやオレンジスイート)や、優しい音楽を取り入れるのもよいでしょう。香りや音楽は「出産への不安」やストレスを和らげ、リラックスした眠りをサポートしてくれます。
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3. 睡眠環境の最適化
寝室の環境を整えることも、睡眠の質を大きく左右します。室温は18〜26℃、湿度は50〜60%を目安に。エアコンや加湿器をうまく使い、快適な環境を保ちましょう。
寝具の見直しも大切です。お腹が重くなる妊娠後期は、体圧分散性の高いマットレスを選ぶことで腰や背中の痛みが軽減することがあります。体にフィットする柔らかすぎない寝具が理想です。
夕方以降、室内の照明は眠気を誘うオレンジ系の間接照明にし、寝る1時間前には強い光を避けるようにしましょう。
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4. 就寝前のルーティンづくり
寝る前の過ごし方を整えるだけでも、睡眠の質はぐっと上がります。スマートフォンやPCでの刺激的なコンテンツや、デバイスから発せられるブルーライトは脳を覚醒させ、寝つきを悪くしてしまうため、就寝1時間前には使用を控えましょう。代わりにストレッチやカフェインレスの温かい飲み物を取り入れるのがおすすめです。
また、「就寝する1時間半前に入浴する」「入浴後はアロマを焚く」といった就寝前ルーティンをつくることで、体が「そろそろ寝る時間だ」と認識しやすくなります。
5. 昼寝の活用と休息の取り方
夜に眠れなくても、日中にこまめに休息をとることで体力は回復します。15〜30分の昼寝をうまく取り入れると、脳の疲労が軽減し、午後の集中力もアップします。
10人の妊婦を対象とした宝塚大学の調査では、初産婦の出産直後の夜間の睡眠時間は3〜4時間と非常に短く、昼寝で睡眠を補っていることが報告されました(※4)。出産後は育児のため思うように睡眠がとれないことが多いですが、妊娠中もホルモンの影響を大きく受けるため、生活習慣を工夫しても残念ながらぐっすりとは眠れないことが多いのです。
「完璧に寝なければ」と焦るよりも、「トータルで休めればOK」と柔軟に考えることが大切です。昼寝の後は、しっかりと目が覚めるよう、カーテンを開けて自然光を浴びましょう。
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睡眠薬や市販薬の使用について知っておくべきこと

妊娠後期の不眠に悩んで「睡眠薬を使ってもいいの?」と考える方もいるかもしれません。結論から言えば、自己判断での服薬は避けるべきです。妊娠中の薬物療法は、母体だけでなく胎児にも影響する可能性があるため、必ず医師の判断を仰ぎましょう。
医師への相談が必要な症状
次のような場合は、早めに産婦人科に相談しましょう。
- ほとんど眠れない日が続いている
- 日中の強い眠気で仕事や家事に支障が出ている
- 気分の落ち込みや不安感が強くなっている
医療機関を受診することで、医師が妊娠中でも使用できる睡眠導入剤や、漢方などを提案してくれる場合もあります。また、見落としがちな睡眠時無呼吸症候群やレストレッグス症候群などの発見につながる場合もあります。遠慮せずに相談することが大切です。
妊娠中でも使える安全な対処法
薬以外でもできる対処法はたくさんあります。入浴や呼吸法、寝室環境の見直しといったアプローチでもある程度は改善できる場合があります。重要なのは、「無理せず、自分に合った方法を見つける」ことです。
まとめ:妊娠後期の不眠は一時的なもの。焦らず心と体を整えよう
妊娠後期の不眠は、多くの妊婦さんが経験する一時的な現象です。ホルモン変化や身体的不快感、出産への不安など、眠れない理由には必ず背景があります。
大切なのは、「できる範囲で生活習慣を工夫しながら、眠れない状態とうまく付き合っていくこと」です。紹介したシムス位の寝方やリラックス法、昼寝の取り入れ方などを少しずつ実践するだけで、体と心の負担は確実に軽くなるでしょう。出産後は生活リズムが大きく変わるため、今のうちに“休む力”を育てておくことが、育児を乗り切る力にもつながります。
快適な睡眠環境づくりには、適度な体圧分散性と反発力があり、通気性にも優れたマットレスの導入もおすすめです。睡眠の質を高めるには、身体に合った寝具を選ぶことも大切ですよ。
参考
※1:縦断調査による妊娠初期,中期,後期の睡眠障害と自律神経活動との関連
※2:Sleep patterns and sleep disturbances across pregnancy
※4:妊娠初期から出産後1年までの妊産婦の睡眠時間に関する縦断的調査




