目次
監修者

久保 肇
【略歴】
1992年京都大学医学部卒、外科医。京大大学院、ヘルシンキ大学
での研究を経て、京大病院外科講師、京都大学医学部助教授。
*文科省学術調査官、仏ストラスブール大客員教授歴任。
2010年から、田辺三菱製薬にて製品戦略・開発・営業研修部メディカルディレクター。メディカル部門部長・理事。
*福島医大特任教授(~現在)として、福島医療支援。
2019年10月独立:スターリング株式会社、株式会社メディカルサイエンスパートナーズ代表取締役
「しっかり睡眠時間を確保したはずなのに、朝から体がだるい」 「穏やかに過ごした休日明けなのに疲れが抜けていない」そんな経験はありませんか? 日本は、世界的に見ても国民の睡眠時間が短い寝不足大国として有名です。しかし、十分に寝た後でもすっきりと疲れが取れていないことがあるのはなぜでしょうか。この「寝てもとれない疲れ」は、あなたの身体を健康に保つシステムが乱れているサインなのです。
この記事では、疲労の仕組みをわかりやすく解説します。また、睡眠時間を確保しても、なかなか解決できない疲れの原因と、解消のための手順をまとめました。
1. なぜ、あなたの疲れは寝ても「とれない」のか?
身体が回復するためには、睡眠が大切ですが、実はただ寝るだけではすべての疲れを効率よく解消することはできません。よく寝たのになぜ疲れが残るのか、その原因を解説しましょう。
1.1. 疲れの原因は「めぐりの悪さ」にある
寝てもとれない疲れの原因は、「循環不全(=めぐりの悪さ)」にあります。
私たちの身体が疲れから回復するためには、酸素や水分などの栄養が行き渡り、老廃物が洗い流されて、傷ついた細胞を修復する必要があります。これこそが血流の大事な役割といえます。この血流の役割がうまくいかない「循環不全」の状態こそが、取れない疲れの根本にあるのです。
疲労の本質は、次のような状態です。
筋肉の疲れ:血流が悪くなり、筋肉に酸素が届かなくなっている状態(酸欠状態)。
精神的な疲れ:ストレスなどによって脳への血流が減り、自律神経のバランスが乱れている状態。
私たちの身体は、血液の流れに乗せて、酸素と水分を全身の細胞へ届けています。つまり、この血液の流れ=「循環」がうまく回らなくなることこそが、溜まっていく疲れの源なのです。
1.2. 「乳酸がたまる」は古い常識?
疲労というと「筋肉に乳酸がたまる」といったイメージをお持ちかもしれません。かつては医学においても「乳酸=疲労の原因物質」と考えられてきました。しかし、近年、この認識は正確ではないと考えられるようになってきました。
例えば、乳酸は運動後30分も経てば、運動前とほとんど変わらないくらいまで低下しています。しかし、実際には、運動による疲れは30分では解消されません。
※現在では、乳酸はエネルギー源として再利用されていることがわかっており、疲労の直接的な原因ではないと考えられています。
2. 疲労回復のカギを握るのは「ヘモチ」と「かくれ脱水」
では、乳酸に代わって疲労の本質(循環不全)をうまく反映する指標があるのでしょうか。また、疲れのもとになる循環不全は、どのようにして生まれるのでしょうか。
2.1. 「なんとなく疲れている」を数字で見る
疲労回復に悩む現代では、「疲労の見える化」のニーズが高まっています。前述のように乳酸の値は、疲労をうまく反映していないと考えられるため、今では使われなくなっています。
その代わりに「HRV:Heart Rate Viriability(心拍変動)」という指標が注目されています。心拍一回ずつの間隔は、実は一定ではありません。例えば、一分間(60秒)に60回の場合であっても、それぞれの間隔は1.1秒であったり、0.9秒であったりします。この変化を解析するのがHRVです。リラックスしている状態(回復モード)にあることを確認するという考え方です。
一方で、心臓の鼓動をベースにするHRVは、感情や呼吸、姿勢の影響を受けやすく、単独で疲れの状態を安定して測るのはやや難しいというデメリットもあります。
そこで、久保医師が注目するのは、「ヘモチ」という指標です。これは「ヘモグロビン値」を略した造語です。ヘモグロビンは循環において重要な酸素の運搬を担う役割を果たす成分です。その値からは「血液の濃さ」を知ることができます。本来採血して測定する検査ですが、最近では採血をしなくても指先などで簡単に測定できる機器も登場しています(図1)。

(図1)指にクリップをすることでヘモグロビン(Hb)値を測定できる機器
先ほどのHRVに加えてヘモチを使うことで、血液の流れにくさや、身体の水分不足の状態を簡単にチェックすることができます。つまり、HRVで自律神経の状態をみることに加えて、ヘモチで血液循環の状態を見ることで、疲れをより深く理解できるのです。
これが久保医師が提唱する新しい疲労分析モデルです。
2.2. 知らないうちに進む「かくれ脱水」
疲れのもとになる循環不全を引き起こしているのは「脱水」です。脱水と言っても、喉が渇いて仕方ないようなものではなく、自覚症状がない段階の脱水、いわゆる「かくれ脱水」が、疲れの大きな原因になっている可能性があります。
人の身体では、体内の水分がほんの数%失われるだけでも、血管の中の水分が減り、血液は濃くなってしまいます(血液濃縮)。血液が濃くなると、血液がドロドロになり、流れが悪くなります。特に細い血管での血液の流れが妨げられて、体のすみずみ(毛細血管)まで酸素が届きにくくなってしまいます。また、ドロドロの血液を送り出すために、ポンプの働きをする心臓に余計な負担がかかります。さらに、こうして循環不全が生じて、集中力が続かなくなったり、強いだるさを感じたりします。
実際に久保医師らの行った測定では、普段どおり生活していて、特に自覚症状がない人の中にも、ヘモチの値が高くなってしまって「かくれ脱水」の状態になっている人が多く見つかりました(図2)。特に女性に「かくれ脱水」が多いことがわかります。

(図2) ヘモチから見た「かくれ脱水」(男女別)
左:男性、右:女性。縦軸はヘモチ(ヘモグロビン濃度)、横軸は被験者番号を示す。
赤点線の間がヘモグロビンの正常範囲。それ以上(赤枠)は脱水、それ以下(青枠)は貧血。
3. 栄養ドリンクに頼る前にできる「整える」習慣
「疲れには」と栄養ドリンクを飲む前に、疲労回復の準備のための「整える」習慣をご紹介しましょう。
3.1. こまめな水分補給が第一歩
疲れをとるための最も簡単で重要な第一歩は、「こまめに水を飲んで、血液をサラサラにすること」です。
喉が渇いたと感じてから一度にがぶ飲みするのではなく、仕事中であっても少しずつ、喉の渇きに関係なく、定期的に水分補給することを意識しましょう。これだけで血管の中の水分が常にベストな状態に保たれ、血液がスムーズに流れる環境が整います。ドロドロの血液でなくなることで、流れがよくなるだけでなく、細胞に行き渡るための水分も十分に用意されます。こまめな水分補給は、一本の栄養ドリンクよりずっと効果的です。
3.2. 寝る前のひと手間で「回復スイッチ」を入れる
水分補給は回復の「土台」ですが、身体が緊張したままでは、スムーズな回復は始まりません。疲れのあまり、シャワーも浴びず、服も着替えずに寝ると、朝を迎えても思ったほど疲れが取れていないことに気がつきます。
質の良い睡眠をとるためには、ベッドに入る前の心と身体を整えるプロセス「入眠前リカバリー」が欠かせません。神経がたかぶったままでは、深い眠りに入りにくいからです。
具体的には、入浴やストレッチ、音環境を調整すると良いでしょう。入浴やストレッチは、身体を温めて血管を広げ、筋肉のこわばりをほぐしてくれます。
また、好きな音楽や、音質の良いハイレゾ音響を聴くことで、脳を「お休みモード」に切り替えることができます。実際に、マッサージを受けたり(図3)ハイレゾ音響を聴いたり(図4)した後では、ヘモチの値が下がり、血液のめぐりが良くなることが確認されています。
ここではまず、疲労の状態を見える化する指標として用いた「ヘモチ」が、循環(マッサージ)や自律神経への介入(ハイレゾ音響)によって実際に変化するかを確認します。

(図3)マッサージ施術前後のヘモチ変化(代表例)
循環を改善するマッサージによって、ヘモチという指標が実際に改善することを示している。
1時間の全身マッサージの施術後、ヘモグロビン濃度に由来するヘモチが -1.5 ~ -1 mmol/L ほど低下し、末梢循環の負荷が軽減した可能性を示しています。疲労評価の客観指標候補としての有望性を示唆する観察結果です。

(図4)ハイレゾ音響を30分視聴した前後のヘモチ変化(代表例)
自律神経を整える音楽刺激によっても、結果として循環状態が改善し、ヘモチが低下する可能性を示している。
縦軸:ヘモチ(へもグロビン濃度由来の循環負荷指標)
横軸:被験者
スピーカーで30分間、高音域の豊かな音楽を視聴したところ、多くのケースでヘモチが低下しました。循環の負担が軽減する可能性を示しています。
睡眠の「質」は、「何時間寝たか」という「時間」とはまた別の問題です。どんな状態で寝床に入ったか、「寝る前にどれくらい準備できたか」で決まると言っても過言ではありません。
4. 睡眠環境が「めぐり」を変える
同じ6時間睡眠でも、翌朝のスッキリ感(睡眠休養感)がまるで違うのはなぜでしょう。実は、睡眠休養感の低下は、生活習慣病のリスク、死亡リスクと関連することが指摘されており、近年、厚生労働省も対策に乗り出している重要な課題です。
深い眠りについている間は、細胞の修復や脳の老廃物の掃除など、身体にとって重要なメンテナンスが行われます。しかし、この深い眠りは、寝室の環境によって簡単に邪魔されてしまいます。
次回の実証データへ
疲れの正体を「めぐりの悪さ(循環不全)」として捉え、「ヘモチ」という数字で見る。この新しい視点に立つことで、疲労回復への新たなアプローチが実現できます。
疲労回復のために大切なのは、こまめな水分補給とよく眠れるように睡眠習慣を整えることです。シンプルですが、これこそが疲れにくい毎日への一番の近道かも知れません。
一方で、身体のメンテナンスが行われる深い眠りは、簡単に中断されてしまうために、翌朝の睡眠休養感が低下することも紹介しました。
次回の記事では、この理論をもとに、「身体を整える」と「上質な睡眠環境で眠る」を組み合わせて行なった実験の結果をまとめています。
30分程度の限られた昼寝で、身体の数値はどのように変化したのか? 科学的なデータをもとに詳しくご紹介します。




